『九年前の祈り』著者:小野正嗣 出版:講談社 第152回芥川賞受賞作品。あらすじ・感想。
シングルマザーのさなえはカナダ人との元夫の間に生まれた幼子希敏(ケビン)を連れて、故郷大分に戻る。地方にありがちな閉鎖性、保守的な考えを崩さない母親。地元の言葉で「ガイコツジン」(外国人)と結婚、離婚し、さなえよりも夫に似た顔を持ち、ミミズの様にのたうちまわり泣きわめく希敏とさなえの母子に好奇の目が向けられる。
さなえは息子希敏の発作的な衝動と母の無理解、周囲の目に敵意を抱きつつ、実の息子をも持て余す。そんな中、9年前未ださなえが地元で働いていた頃に共にカナダ旅行に行ったみっちゃん姉の息子の具合が悪いことを知らされる。地元の町で唯一信頼を置いていたみっちゃん姉の9年前の言葉がさなえの胸に去来する。表題にもなっている「九年前の祈り」とは何か?
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小野正嗣氏は現在、立教大学文学部文学科(文芸・思想専修)の准教授であり、
長らく文芸批評という立場から作品を読み解く作業を続けてきた。
受賞会見でも話していたが「読むことは書くこと」
氏は創作の道も歩むことになる。
氏は「小説は土地に根ざしたもの」とも語っており、自身のルーツの基盤とも言える
大分・佐伯の風土、地方ならではの民俗的なもの、家と個、住人達との距離感、永続性、
そして閉鎖性等々を描きながら、世界的普遍性を対局に置き、その「表裏一体なるもの」を
表現しようとしていると個人的に解釈している。
【速報】第152回「芥川賞」「直木賞」受賞者・作品決定!!芥川賞は小野正嗣 直木賞は西加奈子 平成26年度 2014年 下半期 - [ゐ]ゐ太夫のぶろぐ
【動画・文学賞】第152回「芥川賞・直木賞」小野正嗣氏・西加奈子氏「受賞会見」全編映像 ゐ太夫的似非文学論も少々 - [ゐ]ゐ太夫のぶろぐ
物語は9年前に地元の国際交流活動の一環として企画された「カナダ旅行」と
現在、さなえと息子の希敏(ケビン)との故郷での暮らしがパラレル且つ、
当時と今がさなえの意識の中で混濁した状態で進んでいく。
希敏の発達障害と思われる、突発的に時と場所を選ばず起こるミミズがのたうちまわる様な
泣きわめき暴れる姿に、さなえは正直手に負えない気持ちを持ち、さなえの母は昔からの姿勢そのままに
因果応報的な発言をし、傍観者であろうとする。
過去にさなえは子持ちの中年男性と交際し結婚も考え、カナダ旅行で知り合ったカナダ人とは
東京で同棲、結婚をし希敏が生まれた。
その悉くをさなえの母は旧来の常識的理由から否定してきた。
さなえにとって故郷で安住の住み処であるはずの実家は、必ずしも心安らかに暮らせる環境ではない。
希敏の度を過ぎた泣きわめきは、さなえの心を痛めつけ、握り続けなければいけないはずの
その息子希敏の手を離しそうになってしまう。
そんな時、さなえの心の中で響き渡るのは9年前のカナダ旅行で、機内で泣き叫ぶ子供を見た時の
みっちゃん姉の「子供はみんな泣くものだ」という言葉なのだが、それをみっちゃん姉が言ったのか?
果たしてカナダ旅行の時に言ったのか?さなえの記憶は確かではない。
ただ、悲しみに折れそうになるさなえの心を支えてくれるのは、みっちゃん姉の存在とその言葉であり、
放してしまいそうになる希敏の手、母と子の関係を強く握りしめてくれる。
9年前のカナダ旅行の時、みっちゃん姉は町の教会で何を祈っていたのか?
物語のクライマックスでその9年前の祈りが、さなえの胸に去来した時、
この作品の崇高さと自分と息子を包む淡い一筋の光が見えてくる。
大分の一地方の母と子の描いた小さな物語が、読む者の心を揺さぶり、
それぞれにとって大切なものは何か?を強烈に問うてくる。
純文学らしいと言えばそれまでかもしれないが、読む者それぞれによって、
この作品の感想は大きく違ってもくるだろう。
何気ない物語に秘められた小野氏が描き出すメッセージに、
皆さんにも是非一度触れて頂きたいと思う。
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