『鹿の王』上・下巻 著者:上橋菜穂子 出版:角川書店 レビュー・あらすじ・感想
2015年「本屋大賞」受賞作品。著者の上橋氏は、これまでに、野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。小さなノーベル文学賞とも言われる「国際アンデルセン賞作家賞」を2014年に受賞し海外での評価も高い。
『鹿の王』は、大自然を舞台に国家や民族、支配者と被支配者、それぞれの思惑、自らの命を投げ打ってでも弱き者達のために強大な権力と相対する戦士と、権力の裏で暗躍する人々、蔓延する伝染病に立ち向かう医学者と、それを妨害しようとする旧来の価値観等々が重層的に幾重にも折り重なり、気宇壮大な世界観で、読む者を圧倒する筆致で描かれた物語だ。
- 作者: 上橋菜穂子
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
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強大な帝国、東乎瑠に故郷を攻められ、自らの命を投げ打って立ち向かった戦士団「独角」
その頭であったヴァンは生き残り、奴隷にされ岩塩鉱で強制労働をさせられる絶望的な日々を送っていた。
ある日、その岩塩鉱を犬の集団が襲い、ヴァンの意識が戻った時、ヴァン以外は全員謎の病で死んでいた。
地下深い岩塩鉱から何とか抜け出したヴァンは、地上の小屋でも同じ様に死んでいる人々ばかりを目撃するが、ただ一人生き残った幼子を拾い、長い逃亡生活が始まる。
一方、東乎瑠に恭順の意を示しているアカファ王国の中でも一目置かれる立場にあるオタワルの貴人であり、医師であるホッサルは、この正体不明の伝染病の究明のためにオタワルの最新の医学を用い、罹患した人々を治療し感染を食い止めようとする。
しかし、それは旧来の価値観を持つアカファ王国のお抱え医師達との対立を呼ぶことにもなる。
強大な帝国、東乎瑠に故郷を追われ移民として慣れぬ地で暮らすことを余儀なくされる人々。
感染の広がりを見せつつある謎の伝染病は、昔から伝わるある呪いだとする噂も流れ始める。
逃亡生活を続けるヴァンと、医師として研究者として謎の伝染病の解明に努めるホッサル。
物語はヴァンとホッサルの2人の主人公と、2人を取り巻く様々な人々と共に進んでいく。
上橋菜穂子氏は、児童文学、いわゆるファンタジー小説の世界で活躍されてきた作家だが、本作『鹿の王』は、そういった文学の垣根やジャンルを超越した、スケールの大きな作品だ。
国家間、民族同士の対立、迫害された人々の移民生活、そして急速な勢いで感染が進む謎の伝染病。
まるで、昨年から今年にかけて世界を震撼させ、今もなお続く、イスラム諸国やエボラ出血熱を予見していたかの様なテーマが多く出てくる。
壮大な世界観やテーマで描かれた物語だが、生物・医学分野の描写の細部のリアリティーに拘り、それぞれの登場人物のキャラクターも非常に魅力的に描かれており、上橋氏が本作を書き上がるのに3年の歳月をかけたというのも頷ける大河小説に仕上がっている。
国家間、民族間や登場人物を単純に善と悪に分けず、それぞれに多種多様な正義があり、伝統があり、意思に基づいた行動があるという描き方をしているところは、非常に好感が持てる点でもある。
大自然を舞台にした気宇壮大な複数のテーマを、それぞれ丁寧に微に入り細に入り描かれ、読む者の魂をも揺さぶる本作『鹿の王』が2015年の「本屋大賞」を受賞したことは、大いに頷ける。
そして、本作品を世に出してくれた「本屋大賞」の「意義」も再認識・再評価されて然るべきであると思っている。
私の拙文で本作品の魅力がどこまで伝わるか?大いに不安が残るが、あとは読者の方々にご一読頂き、本作の魅力を大いに味わって頂きたい。
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