著者:梶よう子『ヨイ豊』出版:講談社 レビュー・あらすじ・感想
幕末の動乱の中、三代歌川豊国の娘婿清太郎が、その大名跡と歌川一門の浮世絵師としての矜持を守るために、時代の趨勢、世間の流行のうつろいに立ち向かう様を描いた、歴史群像作品。
類い稀なる描写力と絶大な人気を誇った三代歌川豊国が亡くなった。誰が四代目を襲名するのか?周囲娘婿の自分が継ぐべきか?それとも天才的な弟弟子の八十八に継がせるべきか?大名跡であるが故に、思い悩み、葛藤する清太郎の姿を、梶よう子氏が見事に描き出す。
浮世絵版画、肉筆浮世絵で、江戸の末期を沸かせた歌川一門。
「東海道五十三次合作絵巻」「江戸名所百景」で現代でも有名な歌川広重を始めとする歌川一門は「名所の広重、武者の国芳、似顔の三代豊国」とそれぞれの得意とする浮世絵で、一世を風靡した。
主な作品が浮世絵版画であるため、移り気で気まぐれな江戸っ子達は、流行りとあればすぐに飛びつき、廃れたとなれば見向きもされなくなる。
そんな時勢でも三代豊国は、名だたる町絵師がひしめく江戸で、確たる地位を築き上げ、確かな筆力で有名芸者、花魁、歌舞伎役者から「自分を描いて欲しい」とご指名が引きも切らず。
三代豊国が描いた歌舞伎狂言が、絵姿そのままに演じられることもしばしばあった。
今を描き、何をどう描けばうるさ型の江戸っ子を唸らせることが出来るか?喜ばせることが出来るか?を掴み、時代を見据える確かな眼力も持ち合わせていた。
そんな偉大な大名跡「三代豊国」が亡くなった。広重、国芳も既にこの世を去っており、歌川一門と豊国、そして浮世絵を背負うのは誰か?江戸中の注目が集まる。
三代豊国の娘婿、清太郎は豊国が三代を襲名する前の国貞を襲名しており、筋目から行けば清太郎が大名跡を継ぐことになり、浮世絵師の原画を摺り世に売り出す版元(現在の出版社)は「名前」で売りたいがため、早く清太郎に「豊国」の襲名をして貰いたいと持ちかける。
しかし、清太郎自身に自分は「三代」ほどの画力が無いことは自覚しており、歌川一門と重すぎる「豊国」の名跡を背負って立つことに踏み切れずにいる。
生活は荒れ放題、女房も取っ替え引っ替え、一つ所に落ち着けぬ素行の悪さながら、早くからその才を「三代」に認められ、清太郎も「天賦の才」を認めざるを得ない弟弟子の八十八に嫉妬の念を持ちながらも、真から憎めず、一門の中でも一番豊国らしい画風を持つ八十八に「四代目」を襲名させるべきではないか?と懊悩する。
清太郎が四代豊国を名乗れずにいる内に、元々画力のない清太郎の下から段々と版元も離れ、八十八はその才で、周囲に人も集まり、画壇の人気も挙げていく。
清太郎は、二代国貞のままで絵筆を取るが、版元は新人と変わらぬ初摺りの枚数でしか売らないなど、確執も生まれ、改めて己の画力の無さも痛感する。
そんな間隙を縫って、ついにお家騒動が起こり、一門の者に勝手に「豊国」の名を襲名される事件が起こる。
本作は、三代豊国没後の清太郎と八十八の兄弟弟子同士の関係と、時代を遡り、三代豊国がその名跡を襲名する前後やその後の、三代と清太郎との関係を交錯させながら、師弟関係の紐帯、師弟愛、兄弟弟子同士の互いの思いのすれ違いと言った、機微とそれぞれの心奥が巧みに描写されている。
そして、幕末の騒乱の中、時代の流れに逆行し必死に「浮世絵」を守ろうとする清太郎の懊悩と労苦。
最後に明かされる八十八の、真の思いとは?
これ以上、あらすじを進めて行くと粋な浮世絵物語の書評を無粋にしてしまうので、あとはご一読頂きたい。
当ブログでも何作か戦国末期から江戸期に掛けての「歴史芸術小説」を取り上げてきたが、これらにほぼ通底しているものは、真の美を一心不乱に追い求める姿、同時代のライバルとされる絵師、師弟、肉親、弟子同士の愛憎劇だ。
前述と重複する部分もあるが、美を追究する者の常識を超越した天賦の才と、その裏にある人間臭さ、そして実際は絵画として残したその作品や作風を文章として、どこまで描けるか?は「歴史芸術小説」を描く作家の腕の見せ所だ。
本作『ヨイ豊』でも三代豊国の余りにも人間臭い所と人智を超越した様な浮世絵師としての技、その才を一番受け継いだであろう八十八の破天荒さと、人を引きつけて止まぬ天才的な作風は、しっかりと克明に描写されている。
そして自身の才の限界を感じている清太郎の悲哀と言わば残酷とも言える責任感も、これまた然り。
本作も、第154回直木賞候補作として相応しい作品に仕上がった。
(154回直木賞候補作品紹介・寸評はこちら)
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(第154回芥川賞候補発表! 全作品紹介とゐ太夫の寸評)
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